「脳活 星の勉強会 AtoZ」ch.3
23/4/10(月)
いつもの皆さま、はじめましての方々、おはようございます。暁 瑠凪(あかつき るな)です。"少しだけ"ためになる脳活配信をさせていただきます。どなたかに届きましたら、幸いです♡
*脳内の活性化をはかる為、星の勉強をちょっとづつ紐解いていきます。AtoZは暁の脳内の星の知識をすべて絞りだすという意味でつけました。
まずは占星学の歴史(論文 暁 瑠凪 書)を明示していきます。
「占星学の歴史」
2023/1/31提出論文より抜粋
第1章 占星学とは【割愛】
第2章 占星学の歴史
2−1 占星学の歴史(概要)
ここでは、まず、歴史書である文献も参考にし、題名が占星学(術)の歴史とうたっている著書を中心にして8書を発刊年順に参考、引用していく。
目次から時代の流れを掴んでいくため、目次の記述も含めた。尚、略年表 には、世界史/宇宙史、占星学/天文学関連、哲学/宗教、日本史/考古学関連を記載した。
年表ゆえに史実は当然だが、哲学と宗教に関しては、占星学が“星の宗教”“星の哲学”と呼ばれるため、関連性を明確するためにこの項目を設けた。本文と関連する時代的流れが理解できるようにした。
1冊目、『西洋占星術』(1963) は、京都産業大学総長で理学博士の荒木氏が昭和38年に出版、自然科学を核としているが歴史的背景を細部に渡り、記述している。
「§5.近東古代史概観 §6.ギルガメシュ叙事詩 §7.バビロニア・アツシュリアの天地開闢神話‥」 と多岐に渡り、Ⅱ.の章では、神話伝説と占星学の起源を記している。
結語の中では「現代天文学の知識と現代人文科学の弁証法を縦横に活用して運命を判断する新占星術を編成することは、さほど問題ではないのである。」、「ただ私がそれをしないのは、今のところ〜天文学的良心が私に幾らか残っているからである。」 とある。
学識高い荒木氏が1960年代に興味関心を持ち、向き合い『西洋占星術』を刊行したことは、占星学界にとって意義あることであったと言える。
2冊目、『星の宗教』(1970)は、世界から日本へ、占星がつながる歴史が記されている。
目次には「一 オリエントの星 二 地中海世界の星 三 多様な世界の星 四 イスラム世界の星 五 キリスト教世界の星 六 占星術と占星術師 七 古代中国の星 八 日本での展開 九 妙見信仰」とある。
最後の章には妙見信仰の記述がある。呪術と庶民信仰と称した上で天文方の役目があったともとれる記載があり、それが占星学に通じ、興味深い。
3冊目、『イメージの博物館 ① 占星術 −天と地のドラマ』(1977)では、胸躍る刺激的な目次が並ぶ。1977年の初版にて手に入れていた書籍の一つ。
「はじまり〜星との出会い 神々〜シンボルとしての星 宇宙論〜星の殿堂 上昇点〜アラビアの星 朝〜西欧の星 天頂〜星の支配 食〜星のおとろえ 再出現〜星のささやき 図版 資料図版とその解説 起源 古典世界 初期ユダヤ・キリスト教思想 イスラム ルネッサンス ルネッサンス美術 オカルト(秘法) 非西欧占星術 過渡期 共存 ニュートン以後 宇宙時計」というラインナップである。
時の流れどおりに割り降ってはいるが、歴史的観点だけではなく、端的で想像を掻き立てる目次だ。一つ一つが主題になる目次であることを認識し、改めて占星学の影響力、人類への関わりの深さに驚愕する。
4冊目、『西洋占星術の歴史』(1996)では、起原から17世紀末までの歴史と占星学との関わりが、詳細に記述されている。
目次は「第1章 序論 第2章 起源からマニリウス以前まで 第3章 マニリウスからウェッティウス・ウアレンスまで 第4章 アレクサンドリアからビザンティムへ:プトレマイオスと後期ギリシア占星術 第5章 中世ラテン世界 第6章 ルネサンスと啓蒙活動:占星術の2度目の死」とある。
序論では占星学のシステムに触れ、興味深い点は“2種類の占星術”という項目の解説があった。
初期の天文学の項では「天体の配置と地上の出来事との間の関係が普遍であり、利用できることを示唆しているのは確かである。」天文学の発展とともに占星学も発展したことを示唆している。「ホロスコープ占星術が前4世紀よりも古いということはあり得ない」としているノイゲバウアーの説を記している。
そして、訳者のあとがきに「われわれは占星術の歴史に無知であってはならない」とある。
しかしながら、科学としての占星学、心理学としての占星学に対して、否定的な観点を持っている。出発点が学問としての占星学であったことには蓋をし、学問の力を借りることや学の権威をつけることに嫌悪があると推察した。
1996年に書かれているため、時代背景として、ノストラダムスへの過大なる世論の評価や13星座占星術に飛びつく風潮を非難しつつ、再登板させることのないよう注意喚起していることが見受けられ、象徴的であった。
5冊目、『占星術の起源』(2000)では、主に古代から中世の流れ、12宮のルーツを記述している。
目次は「第一章 オリエント宗教と天体神 第二章 カルデア人の科学 第三章 十二宮占星術の起源 第四章 十二宮占星術の展開 第五章 占星術的思考 西暦一七六年のホロスコープ 若干の古代占星術家について オリエントの暦 オリエント人の世界観と人生観」となっている。
各章ともに著者は、宇宙観(論)と星辰崇拝(信仰)を追求することがテーマになっていて“2種類の占星学”も取り上げていた。
古き良き占星学を受容した上で「今 はやっている占星術には興味がない」としている。
ちなみに、次に記述する『星占いの文化交流史 新装版』勁草書房(2004)の著者である矢野 道雄氏がこの著書の訳者になっていることに興味を覚える。
6冊目、『星占いの文化交流』(2004)では「占星学のルーツ及び古代文明から日本への普及ルート」の記述がある。
目次は「第一章 バビロニアから日本まで 1西安の夏 2ユーラシアの舞台 3東寺の火羅図 第二章 占星術のはじまり 1創造神話 2観測記録 3ホロスコープ占星術の誕生 第三章 ヘレニズムの占星術 1宇宙論と占星術 2ヘレニズムという時代 3同心天球と曜日の順序 4エジプトの役割 5『テトラビブロス』 6エジプトの占星術 第四章 地中海からインドへ 1海上交通の発達 2インドの惑星と曜日の順序 3ラーマのホロスコープ 4ヴァーラーハミフラ 5バビロニアと南インド 6医学と占星術 7インドの黄道座標 第五章 サーサーン朝ペルシャ 第六章 インドから中国へ 1インド古来の占い 2科学の乗り物としての仏教 3新しい占星術 第七章 中国から日本へ 1宿曜道 2『七曜攘災決』 第八章 イスラーム世界の占星術 1ペルシアからイスラーム世界へ 2歴史占星術 3クーシュヤールの占星術書 4『明訳天文書』 5アル・ビールーニーの『星学入門』 第九章 ジャイプールの夏 1わたしの研究計画 2ジャンマルタル天文台 3ジャイ・シンク王のホロスコープ」となっている。
「信じるか信じないかは別として、占星術が文化を見るひとつの視点になることは間違いない。」 と結んでいる。
現在でも“迷信”とされる向きに異論を唱えながらも学問であると言い切れないところに研究者としての苦悩が見える。それゆえ、文化からの切り口で天文と占星学の関わりや歴史の裏付けを盾に宇宙を理解することにしたのではと推察できる。
7冊目、『世界史と西洋占星術』(2012)の目次では「序章 起源と背景 第一章【ラテン語圏】西ローマ帝国〜凋落と消滅 第二章【カロリング世界】生き残りと復活 第三章 【十二世紀】ルネサンスと復興 第四章【十三世紀】アリストテレス革命 第五章【十三世紀】実践と問題 第六章【中世後期】占星術の活用 第七章【ルネサンス】異教の復活 第八章【ルネサンス】急進主義と変革 第九章【十六世紀】改革派と魔術師 第十章【十七世紀】占星術と望遠鏡 第十一章【十七世紀】実践家と政治 第十二章【十八世紀】ニュートンの子供たち 第十三章【十八世紀】魔術師と詩人 第十四章【十九世紀】啓蒙主義の創始者たち 第十五章【十九世紀】魔術師と社会学者 第十六章【十九世紀】神智学的啓蒙主義 第十七章【二十世紀】ニューエイジと古代からの教え 第十八章【二十世紀】心理学と大衆刊行物 第十九章【二十世紀】懐疑主義と科学 第二十章【二十一世紀】エピローグ」 である。
ここでは古代からの歴史は語らず、ホロスコープ占星の始まり以降である「五世紀から今日までの時代の占星術の歴史を扱う。」 としている。
それ以前の証明は未だ困難を極め、考古学、歴史学、天文学、数学など多岐にわたる学問と現代の全ての宇宙学を取り込まなければならず、道半ばであることは否めない。
21世紀中であれば、学問としての占星学、そして、占星学の始まり、占星学とは?を論述、立証できるかもしれない。近未来の全ての学問に期待する。
8冊目、『西洋占星術史 科学と魔術のあいだ』(2019)では、反対でも賛成でもない立場として「占星術は確かにほかの雑占とはちがって、学問と接触している。その接点を見きわめたい。」 とある。
内容は、古代から現代まで網羅している。天文学から生まれた占星学説を採用、社会そして文化現象としての占いと位置付けている。
目次は「1カルデアの知恵 2ギリシャ人の科学 3ホロスコープの技術 4「占星社会」ローマ 5ルネサンスの大論争 6近代科学からの脱落 7現代を生きる占星術」である。
2019年ということもあり“学問と接触している”という説が打ち出され、接点を見極めたいとある。近い過去に比べれば、占星学が“学問”として、認知され、理解されることが進んでいるなと推察される。個人的には嬉しい限りだ。
各著書ともに記述され、“占星学の歴史”の中で重要であり、外してはならないワードを時代の流れに添い、記してみる。
自然崇拝・各国の神話・天文学(宇宙)史・天文学のための数学・暦学史・シュメール・バビロニア・メソポタミア・宗教史・インド・カルデア人・医学史・中国・哲学史・ペルシャ・ギリシャの賢人・ヘレニズム・エジプト・ローマ・科学・イスラーム・錬金術・薬学・アラブ・ヨーロッパ占星・考古学・神学・陰陽道・宿曜道・アメリカン占星という流れである。
そして、著書の全てに共通しているのは、地球規模で同時多発的に生まれ、古代から様々な形で占星学が発達、発展していることがうかがえる。また、切り口の違う占星学があるということを大枠では認めた上で、3タイプまたは2タイプに分類している。
どの地域においても初めの一歩として、自然界との接点を理解するための占星学(気象学、自然科学など)、そして、国造りに活用する国家占星学(マンディーン、陰陽道など)、個人占星学(医学占星、運命占星学、宿曜など)があることが記されている。
この論文では、これらを総合的に可視化するため略年表を作成した。かなりなスケールになったが、世界史/宇宙史の項は、約138億年前から、天文学/占星学関連の項は、約3.5万年前から、哲学/宗教の項は、4000年前から、日本史/考古学関連の項は、約1億年前から記載している。
占星学について、世の中に溢れている、一つの見解に触れておこう。天文学と“占星学”との関係である。
天文学は科学であり“占星学”は迷信で、たかが星占いという見解だ。多くの学者が占星学へ興味関心を示すもののやはり最後は迷信や◯◯進法と片付ける。
そうなった理由として『幸福を招く星占い』の中で2つの理由をあげている。1つが「古代から天文学が発達するにつれて持たれた僻見と、ローマ法王が中世、この占星術時代に、神に対する冒涜として宗教裁判にかけたり、火あぶりして、弾圧を加えたからです。」、生活のためにと「当時の占星術師が、ローマ法王や各国の君主の専制に屈従したことです。」、「獣帯十二宮と十二星座とを混同している事由が挙げられます。」 とある。
実際の天宮(天空)上にある天文学上の十二星座と占星学上の十二宮とはずれていると言う事実、これだけではないが一因であろうと推察できる。昔から言われる鶏が先か卵が先か問題につながるのだ。
またこの書では「ケプラーがいうように、この賢い母と愚かな娘に譬えられる二つのものを、中世期頃まで結びついた数学とは、つまり三位一体のようなものだったと思われるのです。」 とある。
最近は宇宙と地球の関係が解明されつつあるので、酷い扱いは受けなくなって来ている。今こそ、歴史から“占星学”の立ち位置を見直すべき時が来たのではないか。
…つづく
以上、順次、中身を明示して参ります。
本日はここまで。
また遊びにいらしてくださいね。
占星学研究家 暁 瑠凪
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